上海に住んでいると、「週末どこか行こうか」という話になったときに必ず候補に挙がるのが杭州です。高鉄(中国版の新幹線)に乗れば、上海虹橋からおよそ1時間。気合いを入れて早起きする必要もなく、朝出て夜には上海の自宅に戻れてしまいます。
結論から言うと、杭州は日帰りで十分に満喫できる街でした。世界遺産の西湖を歩き、1700年の歴史をもつ霊隠寺でお線香をあげ、名店・楼外楼で東坡肉を食べ、夜は夜市で食べ歩き。欲張ったわりに、移動で疲れ果てるということもありませんでした。
ただし、ひとつだけ大きな誤算があります。それは「とにかく猛暑だった」こと。この日の私たちの行動は、正直なところ半分くらいが暑さとの戦いでした。ジュースを買い、アイスを買い、日陰を探し、また何か冷たいものを買う。そのくり返しです。
この記事では、上海から杭州への日帰りルートを時系列でたどりながら、西湖の歴史や霊隠寺のお線香の作法、杭州ならではのグルメの由来まで、実際に歩いて食べてきた体験としてまとめます。そして最後に、「真夏だけは避けたほうがいい」という切実なアドバイスも添えます。
- 上海から杭州へ|高鉄で約1時間、日帰りで足りる街
- 南宋御街と河坊街|南宋の都のメインストリートを歩く
- 佳藕天成の藕粉|温かくて、思ったより甘くない杭州スイーツ
- 楼外楼で杭州料理|東坡肉と、夫婦の大好物・米苋
- 西湖|世界遺産の湖と、真夏にしか見られない蓮
- 霊隠寺|お線香の作法を、見様見真似でやってみた
- 武林夜市|葱包桧と、猛暑に救われたフルーツジュース
- 真夏の杭州を日帰りで回って学んだこと
- よくある質問(FAQ)
- まとめ
上海から杭州へ|高鉄で約1時間、日帰りで足りる街
上海と杭州のあいだは、直線距離にしておよそ160km。東京と静岡くらいの感覚です。ここを高鉄が頻繁に走っていて、上海虹橋駅から杭州東駅まで最速で45分ほど、平均しても1時間前後で着いてしまいます。
本数も非常に多く、朝の時間帯は10〜20分おきに出ています。日本の新幹線のように「この便を逃したら次は1時間後」ということがないので、当日の予定が多少ずれても立て直しがきくのが日帰り旅行との相性の良さにつながっています。
上海から杭州へのアクセスと費用の目安
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 区間 | 上海虹橋駅 → 杭州東駅 |
| 所要時間 | 約45分〜1時間20分(便による) |
| 運賃の目安 | 二等座で片道73元前後、一等座で120元前後 |
| 予約方法 | 中国鉄路の公式アプリ「鉄路12306」、またはTrip.com等の旅行サイト |
| 乗車に必要なもの | パスポート(外国人は実名登録。改札はパスポートをかざして通過) |
※運賃は時期・便によって変動します。あくまで目安としてご覧ください。
外国人の場合、切符は紙の発券をしなくてもパスポートを改札にかざすだけで乗車できるようになっています。初めてのときは不安でしたが、慣れてしまえば日本のICカード感覚です。
この日の1日の流れ
私たちが実際に回ったルートは次のとおりです。市内の移動はほぼすべてタクシー(配車アプリ)を使いました。猛暑だったので、歩ける距離でも迷わず車に乗るという判断をくり返した結果です。
| 時刻 | スポット | 移動 |
|---|---|---|
| 9:00 | 杭州東駅 着 | タクシー約15分 |
| 9:30頃 | 南宋御街・河坊街を散策 | 徒歩 |
| 11:00〜13:00 | 楼外楼で昼食(東坡肉・米苋ほか) | タクシー |
| 13:00〜15:00 | 西湖(断橋・蘇堤エリア)を散策 | タクシー約20分 |
| 15:00〜17:00 | 霊隠寺・飛来峰 | タクシー |
| 17:00頃 | 太子湾公園・雷峰塔エリア | タクシー |
| 18:00〜19:30 | 武林夜市で食べ歩き | タクシー約25分 |
| 20:00 | 杭州東駅から上海へ | — |
見てのとおり、杭州の主要スポットは意外とコンパクトにまとまっています。西湖を中心に、そのまわりに霊隠寺、雷峰塔、河坊街が配置されているイメージです。タクシーなら大半が15〜25分圏内。だからこそ日帰りが成立します。
南宋御街と河坊街|南宋の都のメインストリートを歩く
杭州東駅に着いてまず向かったのが、南宋御街(なんそうぎょがい/ナンソンユージエ)です。

この通り、ただのおしゃれな商店街ではありません。名前のとおり南宋時代の「御街」、つまり皇帝が通るために造られたメインストリートがルーツです。
かつて、ここは「世界最大の都市」の中心軸だった
12世紀、北方の金に攻められた宋は都を南に移し、この杭州(当時の名は臨安)を事実上の首都としました。これが南宋です。そして臨安は、当時の世界でもっとも人口の多い都市のひとつだったといわれています。
南宋御街は、その臨安の南北をつらぬく中軸線でした。皇帝が宮殿から太廟(祖先を祀る廟)へ向かうときに通った、まさに国の背骨にあたる道です。現在の中山中路にあたり、今は石畳の歩行者天国として整備されています。

歩いてみて印象的だったのは、時代がきれいに層になっていることでした。足元は南宋の御街、両脇には清代の商家の造りと、民国期の洋風建築が並んでいます。そのあいだを巨大なプラタナスが覆っていて、この木陰が猛暑の日には本当にありがたい存在でした。

通りには写真のような洒落た標識がいくつも立っていて、写真を撮っている人がたくさんいました。歴史ある道なのに、雰囲気はかなりカジュアルです。
河坊街|宋から続く杭州いちばんの商店街
南宋御街から東へ歩くと、直交する形で河坊街(かぼうがい)が伸びています。こちらは宋代から民国初期まで、杭州でもっとも賑わった商業エリアでした。

写真の道標にある名前が、そのまま河坊街の見どころです。
- 胡慶余堂:清代末期に創業した漢方薬局。「江南の薬王」とも呼ばれた名店で、当時の建物がそのまま博物館として残っています
- 銭塘第一井:かつてこの一帯の生活を支えた古井戸。杭州の旧称「銭塘」を冠した由緒あるもの
- 老舗と土産物店:はさみの「張小泉」、扇子の「王星記」など、杭州の伝統工芸の老舗が並びます
観光地化はかなり進んでいて、お土産屋さんと食べ歩きの屋台が大半を占めます。ただ、建物そのものは古い意匠がきちんと残っていて、歩いているだけで楽しい通りでした。
佳藕天成の藕粉|温かくて、思ったより甘くない杭州スイーツ
河坊街を歩いているうちに、ひときわ目を引く店構えに出会いました。「佳藕天成(WONDER LOTUS)」という、レンコンをテーマにしたスイーツのお店です。

店名の「佳藕天成」は、「佳偶天成(似合いの夫婦は天が定めたもの)」という縁起のいい成語のもじりです。「偶(つれあい)」を、同じ発音の「藕(レンコン)」に置き換えてあります。夫婦で旅している身としては、なんとも縁起のいい店名でした。
藕粉(ぐうふん)ってどんな食べ物?
ここで食べたのが藕粉(オウフェン)。杭州、とくに西湖周辺の名産品です。
藕粉とはレンコンから取ったでんぷんのこと。これをお湯で溶くと、半透明でとろりとした、くず湯のようなものになります。そこにナッツやドライフルーツ、金木犀(桂花)の花びらを散らしていただく——というのが杭州の定番スイーツです。

実際に運ばれてきて、まさかの「あたたかいもの」だったのが一番の驚きでした。真夏の炎天下を歩いてきた直後だったので、完全に冷たいスイーツを想像していたのです。
そしてもうひとつ意外だったのが、思ったよりぜんぜん甘くないこと。日本の感覚でいえばスイーツというより、甘さ控えめのくず湯や葛切りに近い立ち位置です。ナッツの香ばしさと金木犀の香りが主役で、砂糖の甘さで押してこない。最初は拍子抜けしましたが、食べ進めるうちに「これはこれでいい」と納得しました。

店内は写真のとおり、色ガラスの入った窓と木の家具でまとめられた落ち着いた空間でした。何より涼しい。この日の私たちにとって、これ以上ないほどありがたい休憩ポイントでした。
なお「南宋御街 藕粉」で探すと日本語の情報はほとんど出てきませんが、河坊街・南宋御街エリアには藕粉を出すお店が何軒かあります。杭州でしか食べられないものを試したい方には、かなりおすすめです。
楼外楼で杭州料理|東坡肉と、夫婦の大好物・米苋
お昼は西湖のほとりに移動して、杭州料理の代名詞ともいえる老舗「楼外楼(ろうがいろう/ロウワイロウ)」へ向かいました。

楼外楼は1848年創業という、170年以上の歴史をもつ店です。西湖の孤山のふもとに構えていて、杭州料理(杭帮菜)といえばまずここ、という存在。2016年のG20杭州サミットでは、国賓をもてなす食事にミニサイズの東坡肉が出されたことでも知られています。

老舗というと気取った店を想像していましたが、実際に通されたのは写真のような巨大な宴会場。地元の家族連れでほぼ満席で、子どもの声も飛び交っていて、かなり賑やかです。こういう「観光名所なのに地元の人でいっぱい」という店は、たいてい当たりです。
東坡肉|西湖を掘った蘇東坡が生んだ、肉厚の煮込み

これが東坡肉(トンポーロウ)。豚バラ肉を醤油・氷砂糖・紹興酒でじっくり煮込んだ、杭州を代表する一品です。
とにかく肉厚でした。写真だと伝わりにくいのですが、厚みが5cm近くあります。それでいて箸で切れるほど柔らかく、脂の部分はほとんど溶けている。甘辛いタレが濃厚なので、添えられた花巻(ふわふわの蒸しパン)に挟んで食べると、ちょうどいいバランスになります。
名前の由来は、北宋の大文豪・蘇東坡
この料理の名前は、蘇軾(そしょく)、号を東坡居士——いわゆる蘇東坡から来ています。『赤壁賦』で知られる北宋の大文豪ですが、実は相当な食いしん坊で、料理にも一家言ある人物でした。
伝えられている話はこうです。11世紀の終わりごろ、蘇東坡は杭州の長官として赴任し、土砂で埋まりかけていた西湖の大規模な浚渫工事を指揮しました。工事が終わったとき、住民たちは感謝のしるしに豚肉を贈ります。蘇東坡はそれを、自らの持論である
慢著火、少著水、火候足時它自美
(火は弱く、水は少なく、じっくり時間をかければ、自ずと旨くなる)
という方法で煮込ませ、工事に携わった人たちに振る舞った——というのです。しかも一説には、家の者が「酒と肉を一緒に」という指示を取り違えて紹興酒ごと煮込んでしまい、それがかえって絶品になったのだとか。料理の偶然の発明というのは、どこの国にもあるものです。
そしてこのとき浚渫で出た泥を積み上げて造られた堤防が、のちの蘇堤。つまり東坡肉と蘇堤は、同じ工事から生まれた兄弟のような存在なのです。午後に蘇堤を歩くと知っていたので、この話を思い出しながら食べる東坡肉は格別でした。
白切鶏|さっぱりした鶏の冷菜

こちらは白切鶏(パイチエジー)。鶏を丸ごと茹でて冷まし、骨ごとぶつ切りにした料理です。余計な味付けをしない分、鶏そのものの味が出る一皿で、濃厚な東坡肉の箸休めとして完璧でした。
ぷるんとした皮の食感と、香ばしいピーナッツ、香菜の香りが重なって、暑さでやられた食欲がきちんと戻ってきます。夏に食べる冷菜の存在感は、本当に大きいです。
米苋|夫婦そろっての大好物、汁がピンクになる夏野菜

そして、この日いちばんテンションが上がったのがこれ。米苋(ミーシエン)です。
日本語ではヒユナ(莧菜)と呼ばれる、アマランサスの仲間の葉物野菜。日本ではほとんど見かけませんが、上海や江南一帯では夏の定番で、私たち夫婦はこちらに来てから完全にハマってしまいました。
最大の特徴は、写真のとおり炒めると赤い色素が溶け出して、汁が鮮やかなピンク色になること。葉に含まれる赤い色素が熱で流れ出すためで、これをご飯にかけるとご飯までピンクに染まります。子どもっぽいと言われそうですが、これが毎回たまらなく楽しい。
味はホウレンソウをやわらかくしたような、少しぬめりのある食感。にんにくで炒めた「蒜蓉米苋」がいちばん一般的な食べ方です。クセがなく、日本人の口にもとてもよく合います。
旅先でわざわざ地元の家庭料理を頼むのは一見地味ですが、こういう「その季節・その土地にしかないもの」に出会えると、旅の記憶がぐっと濃くなる気がします。
西湖|世界遺産の湖と、真夏にしか見られない蓮
昼食を終えて、いよいよ杭州の主役西湖(せいこ/シーフー)へ。

西湖はどうやってできた湖なのか
西湖は周囲約15km、面積約6.4平方キロメートルの湖です。2011年に「杭州西湖の文化的景観」として世界遺産に登録されています。
ここで大事なのは、西湖が「自然のままの湖」ではないという点です。
もともとは銭塘江の入り江でした。それが砂州によって海から切り離されてできた潟湖(せきこ)が西湖の原型です。放っておけば土砂で埋まって消えてしまう運命の湖でした。
それを救ったのが、歴代の名長官たちです。
- 白居易(唐代の詩人。杭州刺史を務めた):堤防を築き、湖の水を灌漑に使えるよう整備しました。湖の北側にある白堤は彼にちなむ名前です
- 蘇東坡(北宋の文豪。杭州の長官):大規模な浚渫を行い、掘り出した泥で南北を貫く堤を築きました。これが蘇堤です
つまり西湖の風景は、1000年以上にわたって人が手を入れ続けてきた「作品」なのです。世界遺産の登録名が「自然景観」ではなく「文化的景観」であるのは、そういう理由です。この前提を知っているかどうかで、湖を眺める目がかなり変わります。

西湖十景|季節と時間まで指定された「観賞マニュアル」
西湖には「西湖十景」と呼ばれる、10か所の定番スポットがあります。これは南宋時代に画題として定められたもので、いわば800年前に作られた公式の観賞マニュアルです。
| 名称 | 意味・見どころ |
|---|---|
| 蘇堤春暁 | 蘇堤の春の夜明け。桃と柳が咲き競う |
| 曲院風荷 | 風に揺れる蓮。夏が主役 |
| 平湖秋月 | 秋の湖面に映る月 |
| 断橋残雪 | 雪が解けかけ、橋が途切れて見える冬の景 |
| 花港観魚 | 庭園の池で錦鯉を眺める |
| 南屏晩鐘 | 夕暮れに響く浄慈寺の鐘 |
| 双峰插雲 | 雲を突く南高峰と北高峰 |
| 雷峰夕照 | 雷峰塔に沈む夕日 |
| 三潭印月 | 湖上の3つの石塔と月。1元紙幣の裏面の図柄 |
| 柳浪聞鶯 | 柳並木とウグイスの声 |
注目してほしいのは、ほとんどの景色に「春の明け方」「秋の月」「冬の雪」といった季節と時間が指定されていることです。つまり西湖は「いつ行っても同じ」ではなく、どの季節に行くかで見るべきものが変わる湖なのです。
ちなみに三潭印月は中国の1元紙幣の裏面にデザインされています。手元に1元札があれば、ぜひ裏を見てみてください。
蓮|真夏に行ったからこそ見られた、最高の景色
そして、この日いちばん心に残ったのが蓮(莲花)でした。

湖面が見渡すかぎり蓮の葉で埋め尽くされているのです。しかも葉が大きい。ところどころに濃いピンクの花が顔を出していて、その向こうを手漕ぎの舟がゆっくり進んでいく。背後には低い山並みが連なる——という、絵に描いたような風景でした。

この蓮が、先ほどの西湖十景でいう「曲院風荷(きょくいんふうか)」にあたります。名前の由来が面白くて、もともとこの一帯には南宋時代、宮廷の酒を造る「曲院」という醸造所がありました。夏になると酒の香りと蓮の香りが風に混じって漂った——それで「曲院風荷」なのだそうです。
蓮の見頃は7月から8月。つまり、この景色は一年でもっとも暑い時期にしか見られません。暑さに文句を言い続けた1日でしたが、この蓮を見られたことだけは、真夏に行ったご褒美だったと思っています。
断橋と蘇堤|白蛇伝の舞台を歩く
西湖の北側にある断橋は、中国四大民間伝説のひとつ『白蛇伝』の舞台として知られています。
千年の修行を積んで人間の姿になった白蛇の精・白娘子が、雨の降る断橋で青年・許仙と出会い、恋に落ちる——という物語です。中国では誰もが知っている話で、断橋はいわば中国でもっとも有名な「出会いの橋」。カップルの記念撮影スポットになっているのも納得です。
そこから南へ伸びるのが、東坡肉の話に出てきた蘇堤。全長約2.8kmの堤防で、両側に柳と桃が植えられています。

正直に書くと、真夏の西湖を歩いて回るのはかなりの修行です。日陰はありますが湿度が高く、風もほとんどありません。写真のような大木の陰を見つけては立ち止まり、水を飲み、また少し歩く、のくり返しでした。

湖のほとりを歩いていると、水面から金色の牛が顔を出しているのに出くわしました。これは西湖に古くから伝わる「金牛」の伝説にちなむ像です。湖の底には金の牛が住んでいて、湖の水が涸れそうになると姿を現して水を吐き、湖を満たしたと伝えられています。
そして限界が来て、竹筒アイス

西湖を散歩しているうちに、とうとう暑さが限界を超えました。そこで湖畔で見つけたのが、この竹筒入りのソフトクリームです。
器が本物の竹でできていて、「西湖」の文字と、雷峰塔・霊隠寺・断橋といった名所の名前が並んだラベルが巻かれています。完全に観光地価格ではありますが、この状況で冷たいものを売ってくれる店は神様です。
竹の香りがほんのり移るのも面白く、食べ終わった筒はそのまま記念になります。西湖を歩く予定の方は、どこかで必ず冷たいものを買う時間を計算に入れておくことを強くおすすめします。
霊隠寺|お線香の作法を、見様見真似でやってみた
午後に向かったのが霊隠寺(れいいんじ/リンインスー)。杭州でもっとも古く、そしてもっとも有名なお寺です。

1700年前、インドの僧が開いたお寺
霊隠寺の創建は東晋の時代、326年。インドから来た僧・慧理(えり)が開いたと伝えられます。実に1700年近い歴史です。
寺の名前の由来がまた詩的で、慧理がこの地を訪れたとき「ここは仙霊(仙人や神霊)が隠れ住む地である」と語ったことから「霊隠」になったとされています。
霊隠寺は中国禅宗の「五山」のひとつに数えられる格式の高い寺で、日本の禅宗にも大きな影響を与えました。鎌倉時代に中国へ渡った日本の禅僧たちが学んだ場所でもあります。
飛来峰|「インドの山が飛んできた」岩山
霊隠寺の向かいには飛来峰(ひらいほう)という岩山があります。この名前も慧理に由来していて、彼がこの山を見て「これはインドの霊鷲山の一峰だ。いつの間に飛んで来たのか」と言った——というのが由来です。スケールの大きな話です。
この飛来峰の岩肌には、五代から宋・元の時代にかけて彫られた石仏が330体以上残っています。なかでも南宋時代に彫られた布袋弥勒仏は飛来峰最大の像で、まるまると太ったお腹を抱えて笑う姿が見どころです。屋外の磨崖仏がこれだけまとまって残っている場所は、中国でも貴重だとされています。
済公|酒と肉を愛した、伝説の風変わりな高僧
霊隠寺を語るうえで外せないのが済公(さいこう)という僧侶です。
南宋時代にこの寺にいた実在の高僧なのですが、戒律を守らず酒を飲み、肉を食べ、ぼろぼろの衣で街を歩き回ったという、とんでもない人物として伝えられています。その一方で貧しい人を助け、不思議な法力で人々を救ったとされ、民衆から絶大な人気を得ました。
日本でいえば一休さんのような立ち位置でしょうか。中国ではドラマや映画に何度も登場する国民的キャラクターで、寺の中には済公を祀る済公殿もあります。「立派な高僧」ではなく「破天荒な変わり者」が愛され続けるというのは、なかなか面白い文化だと思います。
お線香の作法を、まわりの人を見ながらやってみた
さて、ここからが私たちにとって一番の体験です。
霊隠寺では、入場時にお線香が配られます(拝観料に含まれています)。渡されたのは3本セット。しかし私たちには、中国のお寺での正しい作法の知識がまったくありませんでした。
そこで取った作戦が「まわりの人をひたすら観察して真似する」です。幸い、参拝客はとても多く、お手本には事欠きませんでした。見よう見まねでやってみた流れは、だいたい次のとおりです。
- 線香は3本を1組で持つ。これは仏・法・僧という「三宝」に対応しているそうです
- 大きな香炉の火で点火する。境内に点火用の場所があり、みんなそこで火をつけていました
- 火は口で吹き消さない。手で扇ぐか、軽く振って炎を消します。ここはみんな徹底していて、口で吹いている人は一人もいませんでした
- 両手で線香を持ち、額の高さに捧げて一礼。東西南北の四方に向かって礼をしている人が多かったです
- 香炉に立てる。3本をまとめてまっすぐ立てます
- 本堂に入って手を合わせる。敷居は踏まず、またいで入るのがマナーのようでした
実際にやってみると、想像以上に煙がすごいです。写真を見てもらうと分かりますが、境内は常に線香の煙で白くかすんでいます。目にしみるし、服には確実に匂いが付きます。それでも、煙の向こうに堂宇のシルエットが浮かぶ景色には独特の迫力がありました。

本堂にあたる大雄宝殿に入ると、巨大な釈迦如来像が待っていました。金色に輝く木彫の座像で、台座を含めた高さは約24メートル。見上げると首が痛くなるほどです。手前には赤いろうそくがびっしりと並び、果物のお供えが積まれていました。
「霊隠寺 お線香」で検索しても日本語の情報がほとんど出てこないのですが、お線香は現地で買わなくても入場時にもらえます。売店で大きな束を買っている人もいますが、初めてなら配られる3本で十分です。
なお、霊隠寺はとにかく人が多いです。この日も本堂の前は身動きが取りづらいほどの混雑でした。中国の方にとっては観光地であると同時に、真剣に願いを込めに来る信仰の場所です。写真を撮るときは、お参りしている人の前を横切らないよう気をつけたいところです。
武林夜市|葱包桧と、猛暑に救われたフルーツジュース
夕方になり、最後の目的地武林夜市へ。杭州市街の中心部にある、ローカル色の強い夜市です。

アーケードにネオン看板がこれでもかと並んでいて、なかなかの迫力です。観光客向けというより地元の若者が集まる場所という雰囲気で、串焼き、焼きそば(烤冷面)、チーズをかけた揚げ物など、屋台が延々と続いていました。
フルーツジュースで生き返る

夜になっても暑さはまったく収まりませんでした。そこで買ったのが、このフルーツジュースです。
選んだのはライムとマンゴー。ライムのほうは果肉ごと潰してあって、酸味と爽快感が強烈。炎天下を歩き続けた体に、酸っぱさがしみわたりました。マンゴーは濃厚で、こちらはほぼデザートです。
カップに巻かれた「这一杯很杭州(この一杯がとても杭州)」というコピーのラベルも気が利いていて、つい写真を撮ってしまいました。中国の街歩きではこうしたフレッシュジュースの店が本当に多いので、夏は積極的に使うのが正解です。
葱包桧|歴史上の恨みがこもった小吃

夜市で見つけて必ず食べたかったのが葱包桧(ツォンバオクイ)。杭州を代表するB級グルメです。
作り方はシンプルで、油条(中国式の細長い揚げパン)と長ねぎを、薄い小麦粉の皮で巻き、鉄板でぎゅうぎゅうに押しつぶして焼く。仕上げに甜麺醤を塗っていただきます。

名前に込められているのは、800年前の怒り
この料理、名前を分解すると「葱で桧を包む」となります。この「桧」は、南宋の宰相・秦檜(しんかい)のことです。
秦檜は、金との戦いで活躍した名将・岳飛を「莫須有(あるいは、あったかもしれない)」という曖昧きわまりない罪状で処刑に追い込んだ人物です。岳飛は今も中国で愛国の英雄として敬われており、逆に秦檜は「売国奴」の代名詞として、800年以上たった現在でも憎まれ続けています。
伝えられている話では、岳飛の死を知った臨安(杭州)の人々の怒りはすさまじく、ある揚げ物屋の店主が小麦粉で秦檜夫妻の人形を作り、二つをくっつけて油で揚げたといいます。これを「油炸桧(秦檜を油で揚げる)」と名付けて売ったところ、人々が競って買い求めた——これが油条(中国の揚げパン)の起源だとされています。
そして、その油条を葱と一緒に皮で巻き、鉄板で力いっぱい押しつぶして焼くのが葱包桧。つまりこの料理は、「秦檜を揚げて、さらに押しつぶして焼く」という、徹底した憎しみの表現なのです。
味そのものは、香ばしい皮と甘い甜麺醤、ねぎのシャキシャキ感、油条のサクサク感が合わさった、素朴で親しみやすい軽食です。ただ、この背景を知ってから食べると、「食べ物が歴史の記憶を運び続ける」ということの凄みを感じます。杭州に行ったらぜひ一度試してみてください。
真夏の杭州を日帰りで回って学んだこと
1日歩き回って得た、次に行く人へのアドバイスをまとめます。
結論①:真夏だけは、本気で避けたほうがいい
これが最大の教訓です。杭州の夏は、想像を超えて暑い。
杭州は長江下流域の内陸寄りに位置していて、気温が高いうえに湿度も非常に高いのが特徴です。上海に住んでいて夏の蒸し暑さには慣れていたつもりでしたが、杭州のほうが一段上でした。
しかも杭州観光は、その性質上屋外を歩く時間が圧倒的に長いのです。西湖を歩き、蘇堤を歩き、霊隠寺の境内を歩き、老街を歩く。逃げ込める屋内施設が多くありません。この日は正直なところ、行動時間の半分くらいを「涼を取ること」に使っていました。
おすすめの時期は、やはり春(3〜5月)と秋(9〜11月)です。蘇堤の桃と柳が美しい春、金木犀が街じゅうに香る秋——杭州が本領を発揮するのはこの季節だと思います。
ただし、記事中でも書いたとおり蓮は7〜8月にしか見られません。あの蓮の景色は本当に見事だったので、そこだけは悩ましいところです。蓮を優先するなら夏、快適さを優先するなら春か秋——という選択になります。
結論②:日帰りで十分に楽しめる
これはポジティブな結論です。杭州は1日あれば主要スポットを回りきれます。
理由は2つあります。ひとつは高鉄が速くて本数が多いこと。もうひとつは見どころが西湖の周囲にコンパクトにまとまっていることです。西湖・霊隠寺・河坊街・武林夜市は、いずれもタクシーで15〜25分圏内に収まっています。
宿泊すれば夜の西湖の音楽噴水や、雷峰塔のライトアップも楽しめますが、「まず杭州がどんな街か知りたい」という初回なら日帰りで十分だと感じました。
真夏に行くなら、この持ち物リスト
- 日傘:中国では男女問わず日傘を使う人が多く、まったく浮きません。必須級です
- 帽子とサングラス:西湖の湖面の照り返しは相当なものです
- ハンディファン(携帯扇風機):現地でも売っていますが、持参が確実
- 冷感タオル:水で濡らすタイプが効きます
- モバイルバッテリー:配車アプリと決済がスマホ頼みなので、電池切れは致命的です
- 歩きやすい靴:石畳と砂利道がかなり多いです
- 現金は少しだけ:ほぼ全てモバイル決済で済みますが、小さな屋台用に少額あると安心
回り方のコツ
- 屋外と屋内を交互に組む:西湖(屋外)→ 楼外楼(屋内)→ 霊隠寺(屋外)→ カフェ(屋内)のように、必ず涼める場所を挟む
- 迷ったらタクシーに乗る:杭州のタクシーは安く、配車アプリも快適です。徒歩30分の距離でも、夏は迷わず車を使ったほうがいいです
- 一番暑い13〜15時は屋内に:この時間帯に食事やスイーツ休憩を当てるのが正解でした
- 水分は先回りして買う:「喉が渇いたら買おう」では遅いです
よくある質問(FAQ)
Q. 上海から杭州は、本当に日帰りで足りますか?
A. 十分足ります。高鉄で片道1時間前後、本数も多いので、朝9時に杭州に着いて夜8時の便で帰る——という私たちのようなスケジュールが無理なく組めます。西湖・霊隠寺・河坊街・夜市という主要どころは1日で回りきれました。ただし、六和塔・西渓湿地・龍井茶畑といった郊外まで足を伸ばしたい場合は1泊したほうがいいです。
Q. 高鉄のチケットはどうやって買いますか?
A. 中国鉄路の公式アプリ「鉄路12306」か、Trip.comなどの旅行サイトで購入できます。外国人はパスポート情報での実名登録が必要です。購入後は紙の切符を発券しなくても、改札でパスポートをかざせばそのまま通過できます。人気の時間帯は埋まることがあるので、前日までの購入がおすすめです。
Q. 西湖は歩いて一周できますか?
A. 周囲約15kmなので、一周すると徒歩で4〜5時間はかかります。真夏に挑戦するのはおすすめしません。実際には、蘇堤や白堤など見たいエリアを絞って歩き、あいだをタクシーや遊覧船でつなぐのが現実的です。レンタサイクルもありますが、これも夏場はかなりの覚悟が要ります。
Q. 西湖の蓮はいつ見られますか?
A. 7月から8月が見頃です。西湖十景の「曲院風荷」が代表的なスポットですが、私たちが歩いた範囲でも、湖のあちこちで蓮の群生を見ることができました。一年でもっとも暑い時期にしか見られない景色なので、暑さ対策とセットで計画してください。
Q. 霊隠寺のお線香は、自分で買う必要がありますか?
A. 買う必要はありません。拝観料に含まれる形で、入場時に3本のお線香が配られます。境内の売店では大きな束も売られていますが、初めての参拝なら配られる分で十分です。火は口で吹き消さず、手で扇いで消すのがマナーです。
Q. 杭州のベストシーズンはいつですか?
A. 快適さでいえば春(3〜5月)と秋(9〜11月)です。春は蘇堤の桃と柳、秋は街じゅうに香る金木犀と、杭州らしさが際立ちます。夏は蓮が見られる代わりに酷暑、冬は「断橋残雪」の名で知られる雪景色が狙えますが寒さが厳しい——という具合に、どの季節にもそれぞれの西湖十景が用意されているのが杭州の面白いところです。
Q. 杭州で必ず食べるべきものは?
A. 私たちが実際に食べたなかでは、東坡肉(楼外楼などの老舗で)、葱包桧(夜市や街角の屋台で)、藕粉(河坊街・南宋御街のスイーツ店で)の3つは外せません。夏であれば米苋のような季節の葉物野菜を一皿頼むのもおすすめです。
まとめ
上海から高鉄で1時間。杭州への日帰り旅は、想像以上に中身の濃い1日になりました。
南宋の都の中軸線を歩き、1848年創業の老舗で蘇東坡ゆかりの東坡肉を食べ、1000年かけて人の手で作られてきた西湖で蓮を眺め、1700年の歴史をもつ寺でお線香をあげる。1日のあいだに、これだけの時間の層に触れられる街はそう多くありません。
最後に、この記事の結論を3つにまとめます。
- 真夏は避けたほうがいい。杭州観光は屋外を歩く時間が長く、暑さと湿度が想像を超えます。おすすめは春か秋
- ただし、蓮が見られるのは夏だけ。西湖を埋め尽くす蓮の景色は、暑さに耐えるだけの価値がありました
- 日帰りで十分に楽しめる。見どころが西湖周辺にまとまっていて、高鉄も速い。初めての杭州なら1日で成立します
次はぜひ、金木犀の香る秋にもう一度訪れてみたいと思っています。そのときは龍井茶の茶畑まで足を伸ばして、一泊してみるつもりです。
上海発の旅行記としては、上海発・西安2泊3日モデルコースも書いています。古い街並みや食べ歩きがお好きな方は、南翔古鎮 完全ガイドや七宝老街の食べ歩きガイドもあわせてどうぞ。上海周辺のその他の記事は上海生活カテゴリにまとめています。
